Enharmonic☆Lied






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ショートストーリー「百戦百勝は善の善なる者に非ず」(@本編から1年前)

◎教室

莢香「ねぇ、沼沢。突然だけど、一つお願いしたいことがあるんだ」

コウセイ「おっ?なになに?なんでも聞くぜ!」

莢香「ほら、最近運動部の間で噂になってる、煉先生の従妹の……なんて言ったっけ、あのコ?」

コウセイ「凛ちゃん?」

莢香「そうそう!凛さん、凛さん!沼沢、あのコと幼馴染みなんでしょ?ってことは、十分過ぎるくらいのコネがあると考えていいわけだよね!?」

コウセイ「ん〜、まぁそうなんのかな?」

莢香「じゃあさ、今度の土日、うちの陸上部の助っ人に来てくれるよう、凛さんに頼んでほしいんだよね」

莢香「実はその2日間、陸上の地区予選大会があるんだ。夏季大会の選考も兼ねてるから、うちとしてはいい成績を残したいところなんだけど……」

莢香「昨日、うちの部長がドジやらかして、右足の靭帯痛めちゃってさぁ〜……」

コウセイ「うわ〜、そりゃ大変だね。1〜2ヶ月は復帰できないんじゃないか?」

莢香「そうなんだよ。だから、今度の大会で部長が出場する予定だった種目にポッカリ穴が空いちゃったんだ」

莢香「で、厄介なことに部長が出場予定だった種目の一つに『七種競技』っていうのがあって、これの始末に困ってるんだよね」

コウセイ「七種競技?」

莢香「100mハードル、走り高跳び、砲丸投げ、200m走、走り幅跳び、やり投げ、800m走の七つの種目を2日かけて消化してくの」

コウセイ「スゲ〜!なんかカッコいいじゃねーか!」

莢香「本来なら補欠部員使って穴を埋めるべきなんだろうけど、マズイことにこれら全部をこなせる部員がいなくてさ……」

莢香「単品の種目なら代わりはいるんだけど、七種競技となるとさすがにね……」

莢香「ボクは完全に走り専門だし……。もちろん、その気になればやってやれないことはないんだけど、いい成績を出せるかって聞かれると微妙なとこかな」

莢香「そこでスポーツ万能と名高い凛さんのお力をお借りしようかなって思ったわけなんだけども」

コウセイ「はいはい、事情は分かったぜ。まぁ、一応声はかけてみるけど、来るかどうかは凛ちゃん次第だよ?」

莢香「ありがとう、恩に着るよ!出場選手の登録は大会当日まで大丈夫だから、その時までに返事をくれればいいよ」

コウセイ「……ちなみに、もし凛ちゃんがダメだったら誰が出るの?」

莢香「七種競技だけ棄権っていう手もあるけど、多分、副部長やボクあたりが代わりで出場することになると思うよ。ただ、自分が本来出場する種目に響きそうで怖いけど……」

コウセイ「…………」

コウセイ「よしっ!なら、土下座してでも凛ちゃんを連れてくよ!」

莢香「ホントに!?ありがと〜!じゃあ、会場の場所は追ってメール入れとくよ!」







◎剣道場

凛「今度の土日?」

コウセイ「あぁ、オレの友達が困ってるんだよ。女子陸上の七種競技ってやつに出る人がいないんだってさ。だから、助けてやってくんないかな?」

凛「嫌よ。七種競技って言ったら、それなりに大変なやつじゃない」

凛「なんで見ず知らずの人のために、アタシがそんなことしなくちゃいけないわけ?土日はショッピング行ったり、ジム行ったりで忙しいの」

凛「……アンタが出れば?」

コウセイ「オレ男子だし!女子の競技出れないし!」

コウセイ「なぁ〜、頼むよ凛ちゃん〜……。凛ちゃんみたいになんでもできるパーフェクト女子にしか頼めないことなんだって」

凛「……パーフェクト女子……?アタシが……?」

コウセイ「え……?そ、そうそう!凛ちゃん以上に運動のできる女子なんて、この学園にはいないよ!」

凛「ま、まぁ、確かにアタシにかかれば七種競技だろうが十種競技だろうが余裕だけど?」

コウセイ「でしょ!?でしょでしょ!?余裕でしょでしょ!?じゃあ決まりだね!」

凛「……アンタがどうしてもって言うんなら、しょうがないから出てあげないこともなくはないわ」

コウセイ「さっすが〜!まさに凛ちゃんはキング・オブ・女子だな!」

凛「なんで女子なのにキングよ。アンタ、天然?それともただのバカ?バカなのよね?バカコウセイだものね」

コウセイ「おい、凛ちゃん!いくら凛ちゃんでも、さすがにバカバカ言い過ぎだよ!」

コウセイ「そんなにバカにされると、いい加減オレも自覚し始めちゃうよ!?」

凛「ご、ごめんなさ……え?」

コウセイ「ともかく、今日の部活終わったら陸上部に顔出してみようぜ。もしかしたら向こうも終わってるかもしれないけど、軽い挨拶くらいは必要だろ?」

凛「……そうね。それじゃ、今日の部活はいつもより30分早く切り上げようかしら」

コウセイ「よっしゃ!」

凛「なんで『よっしゃ!』なのよ!!アンタ、ホントはやる気ないんでしょ!?」

コウセイ「あ、いえ!決してそんなことはありませんデス!!やる気満々ですよ!!」

凛「へぇ……それじゃ、やる気満々のコウセイくんには、アタシたち全員の地稽古の相手をしてもらおうかしら」

コウセイ「えっ!?」

凛「大丈夫、勝敗やアンタの体力とは関係なく……残り時間、ひたすら相手してもらうだけだから」

コウセイ「凛ちゃんの声のトーンが低いっ!!」







◎運動場

副部長「ほらほら、もっとペース上げてー!」

陸上部員「1年〜、腕の振り大き過ぎるよー!」

凛「まだ部活中みたいね。うちのだらしない部員たちもこういうのを見習ってほしいわ」

凛「で、どれがアンタの友達だって?」

コウセイ「あのちょっとボーイッシュなコ」

凛「名前は?」

コウセイ「小水莢香。オレは莢香ちゃんって呼んでるぜ!」

凛「そんなことはどうでもいいのよ」

凛「じゃあ多分、あそこで偉そうに指示を出してるのが副部長ってところかしら。見たところ、例の靭帯やらかした部長ってのはいないみたいね」

凛「とりあえず、軽く挨拶行ってくるわよ」







◎運動場

副部長「よーし!それじゃ、今日はここまでー!各自、ダウン入ってー!」

陸上部員「はーい!」

莢香(ふぅー、この調子なら自分の出る種目は大丈夫そうかな。問題は七種競技か……。凛さんの返事がどうなるか……。)

凛「御機嫌よう、小水さん」

莢香「え?えっと……あっ、もしかして七重坂凛さん?」

凛「えぇ。コウセイから話は聞いてるわ。土日、アナタ方の部長に代わって、このアタシが出場してあげる」

莢香「ホントに!?うわ〜、ありがとう、凛さん!」

コウセイ「やったな、莢香ちゃん!」

莢香「おっ、オマケくんも一緒だったんだね」

コウセイ「何!?ここでもオレのことそう呼ぶの流行ってんの!?」

莢香「だって、ぶっちゃけ沼沢には用ないし〜」

コウセイ「ぶっちゃけ過ぎだよ〜!」

莢香「とりあえず、今副部長呼んでくるから、二人ともちょっと待っててよ」







◎運動場

莢香「凛さん、オマケくん、お待たせ。副部長連れてきたよ〜」

副部長「どうも、副部長の塩原です。土日の件、無理を言ってすみません。承諾していただいて、本当にありがとうございます」

副部長「どうか、当日はよろしくお願いします」

凛「えぇ、よろしく、副部長さん。七重坂凛よ」

凛「……ところで、アタシが代わりに出場する種目、七種競技って聞いてるけど、部長さんが出場予定だったものって、当然他にも色々あるんでしょ?」

副部長「はい。ですけど、他の種目には無事に代わりの人を立てられそうなので」

凛「ちなみに、他にはなんの種目に出る予定だったのかしら?」

副部長「七種競技の他に、3000m、400m×4リレー、三段跳び、などなど……」

凛「なるほどね。OK、それじゃ、それ全部アタシが出るわ」

副部長、莢香、コウセイ「えぇっ!?」

凛「出番が七種競技だけだと、なんか物足りないのよね。だから、全ての競技で部長さんの代理を務めるわ。構わないでしょ?」

凛「もしそれが認められないのなら、悪いけどこの話は白紙に戻させてもらうわ」

コウセイ「ちょ……ちょっと凛ちゃん!いきなり何言ってるんだよ!」

莢香「…………」

莢香「副部長、どうします……?」

副部長「……それはつまり、補欠といえども正規の陸上部員が出場するよりも、あなたが出場した方がより良い結果を残せると、そういうことですか?」

凛「さぁ?それはやってみないと分からないわ。なんなら、試しに勝負してみる?その補欠の方々と……」

副部長「…………」

副部長「七種競技のためだけに、他の種目で記録を落とすようなことはしたくないというのが、こちらの本音です」

副部長「ですから、七種競技以外の種目で、あなたがうちの部員よりも好タイム・高得点を出せるという確証がなければ、こっちもあなたの条件を呑むわけにはいきません」

副部長「それをはっきりさせるためには、あなたの言うようにきっちり白黒つける必要がありそうですね」

副部長「では、こうしましょう」

副部長「あなたと部長の代理の子たちで、部長が出場予定だった各種目で勝負し、あなたが3敗以上した場合、この件はなかったことに」

凛「ふふっ、分かりやすくていいわね。でも、3敗なんて言わずに、『1敗も許されない』ってことにした方がもっと分かりやすいんじゃない?」

副部長「それだと、さすがに条件が厳し過ぎますから。ですけど、その自信はとても心強いです」

副部長「……みんなー!ダウン入ってるとこ悪いけど、部長の代理出場の部員だけこっち来てくれるー!?」

陸上部員「はーい」

副部長「……それじゃ、お手並み拝見させてもらうわ、七重坂さん」

凛「えぇ、どうぞ存分に見てって。……それと、私を呼ぶ時は苗字じゃなくて名前でお願いするわ、副部長さん」







◎運動場

副部長「この人には七種競技のみの代理として来てもらったんだけど、どうもそれだけだと体力を持て余しちゃうみたいでね」

副部長「だから、他の種目の出場権を懸けて、これからみんなにはこの人と勝負してもらうから」

副部長「言っておくけど、この人は剣道部の子だから、陸上部が剣道部に勝てないようじゃ、大会出場の切符はいつまでも掴めないということよ!」

凛「副部長さん、あんまり煽らない方がいいんじゃない?きっとあとで、アタシに負けたショックで立ち直れなくなるわよ」

副部長「……ということらしいから、みんな、日頃の努力の成果を見せてあげなさい!」

陸上部員「はいっ!」







◎運動場

コウセイ「す、すげぇ……」

莢香「うん、ホントにすごいよ……!」

莢香(基本的な走力もさることながら、跳躍フォーム・投てきフォームなんて見るからに素人なのに……!) 莢香(まさか、ホントに全勝しちゃうなんて……!)

凛「どうかしら、副部長さん。アタシ、少しは役に立てそう?」

副部長「……わ、分かりました……。約束通り、全種目での代理出場を認めます。どうか、よろしくお願いします……」

コウセイ「凛ちゃん、おめでとう!やったな!」

凛「当然よ。アタシが負けるわけないじゃない」

凛「そもそも、今戦ったコたち、いくら補欠とはいえ……ちょっとアレじゃない?弱過ぎというか……」

莢香「…………」

コウセイ「あ、あれ……?莢香ちゃん……?」

凛「……アナタ、なんか不満そうね」

莢香「あ、違うよ、別に不満を感じてるわけじゃないんだけど……」

莢香「なんか、努力ってなんなんだろうなって思って……」

莢香「ボク、みんながずっと頑張ってたの知ってるし、代理出場の話が上がった時は、補欠のコがすごい喜んでたのも見てたから……」

莢香「その頑張りも喜びも、こんなにあっさりと潰えちゃうとさ……」

莢香「部長の不慮の怪我についてもそうだけど、どれだけ努力してもそれが報われるとは限らないんだなって思うと……」

莢香「なんか、努力することの意味が見えてこなくなっちゃうんだよね……」

凛「……そういう言い方やめてくれない?それじゃまるで、アタシが努力してない人間みたいじゃない」

凛「確かにアタシは陸上の練習はしてないけど、走り込みやウエイトトレーニングはかかさないわ」

凛「あらゆるスポーツにおいて肉体作りは資本中の資本。だとしたら、今回の結果だってアタシの努力の賜物で、あのコたちの実力不足でもある」

凛「部長さんがどういう経緯で怪我をしたのか知らないし、部長たる者が大会前に怪我をしたとなると、その心中もお察しするわ」

凛「……だけど、運と実力があってこそのスポーツ界よ。そのトップに立つべき者は、立つべくして立ってるのよ」

凛「それと同じで、落ちる者は落ちるべくして落ちる。そこから這い上がってくるか否かはその人次第、アタシの知ったことじゃないわ」

凛「いずれにせよ、勝者に必要なのは努力で、敗者に必要なのも努力。努力が必ず報われるわけじゃないけれど、努力しない者は絶対に報われない」

凛「七重坂家では特に努力を重んじるから、そこだけは絶対に譲らないわ」

凛「だから、今のアナタの言葉、撤回して。努力には必ず意味がある」

凛「実力勝負の世界なんだから、負ける方が悪い。情けなんてかける必要ないわよ」

莢香「ごめん、確かに凛さんの言う通りだね……」

莢香「でも、みんなの頑張りも、みんなの喜びも嘘じゃない。それをさ、言い方悪いかもしれないけど、部外者の人に奪い取られる側の気持ちも考えてあげてほしいな」

莢香「実力勝負の世界にも、実力以外にも大事なものってあると思うんだ。仲間を思いやる気持ちというものも必要なんだよ」

莢香「もう一度言うけど、凛さんの言ってることは正しい。なら、ボクの言ってることは間違ってるかな?」

凛「…………」

凛(……勝負に負けた人の気持ちなんて、アタシには分からないわ……。)







▲大会 1日目

◎運動場

副部長「午前の種目は全部片付いたけど、調子はどう、凛さん?」

凛「まぁまぁね」

副部長「他校のエースたちを抑えておいて、『まぁまぁ』ですか?」

凛「いくら相手がエースでも、所詮は地区予選レベルでしょ?本当に強い人と当たるのはこれからじゃない」

凛「……っていうか、もしこのままうちが予選突破しちゃったら、アタシまた呼ばれることになるんじゃないの?」

副部長「部長が復帰すれば、凛さんが出る必要はなくなるんですけど……、まぁ、『色んな意味』で無理でしょう」

凛「無理?まぁ、靭帯だからね……そう簡単には復帰できないでしょうね」

副部長「それもあるけど、それだけじゃないです」

凛「…………?どういうこと?」

副部長「いえ、なんでもありません。忘れてください」

副部長「……ところで凛さん、今大会の選手のレベルを甘く見ているようですけど、一応全国区のランナーが二人出場しているんですよ。凛さんとは当たらないですが」

凛「それは残念。アタシとどっちが上か競いたいところだったんだけど」

莢香「いや〜、走った走った〜。……あれ?そろそろ副部長の出番じゃないですか?」

副部長「あっ、本当だ!教えてくれてありがとう。それじゃ、行ってくるね」

莢香「副部長、行ってらっしゃ〜い!」

莢香「……ふぅ〜、凛さんもお疲れ」

凛「どうも」

莢香「いやー、やっぱり凛さんすごいねー。ちょっと基礎とフォーム教えただけで、どの種目も大会新に迫る記録を叩き出しちゃうんだもんね」

凛「迫るだけじゃダメよ。しっかりと新記録出すくらいじゃなきゃ」

莢香「あははっ、そうだね!目標は高く!うん、凛さんの言う通りだ!」

莢香「ところで、今日オマケくんは来てないの?」

凛「コウセイは剣道部の練習があるから、そっちを優先させたわ。明日はこっち来るみたいだけどね」

莢香「いいよね、部活に明け暮れる日々ってさ」

凛「そうね」

莢香「やっぱ、走るのってす〜〜〜〜んごい気持ちいいな〜!天気にも恵まれたし、今日は絶好の運動日和だよ」

莢香「あっ、凛さんも小マメに水分取らなきゃダメだよ?こんだけ天気がいいと、一人や二人、熱射病で倒れる人いるから」

凛「アタシがそんなヘマするわけないでしょ。ちゃんと水分取ってるわよ」

莢香「さすが凛さん!」

凛「…………」

凛(なんか馴れ馴れしい……。)

凛「それじゃアタシ、ちょっと本番前にイメトレしなくちゃいけないから」

莢香「うん、行ってらっしゃい!」

莢香「…………」

莢香「……さて、そろそろあの人の出番かな。それじゃ見せてもらうよ、颯さんの走り……」







▲大会 2日目

◎運動場

コウセイ「おーい、凛ちゃーん!莢香ちゃーん!応援に来たぜ〜っ!」

凛「あら、ホントに来たのね」

莢香「おっす、沼沢!」

コウセイ「うお〜っ!凛ちゃんも莢香ちゃんも露出スゲェ!」

♪打撃音×2

凛「アンタ、次言ったら砲丸ぶつけるわよ!?」

莢香「いるよねー、女子陸上をそういう目で見る男ってー……。凛さん、もし必要なら槍でも円盤でもハンマーでもなんでも持ってくるから言ってね」

コウセイ「お巡りさーん!助けてーっ!この人たちです〜〜〜!」

コウセイ「で、うちは今のところどんな感じなんだ?」

莢香「凛さんの活躍もあって、初日が終わった時点で割といい位置につけてるよ。今日の種目でいい線行けたら、もしかすると地区予選突破できちゃうかもね!」

コウセイ「おぉ!そりゃスゲーな!もうガッツリ応援しちゃうよ!」

凛「それじゃ、これから早速アタシが出場する七種競技の一つの走り幅跳びが始まるから応援よろしく」

コウセイ「任せてくれよ〜!……あっ、今気付いたけどさ、七重坂が七種競技って、なんか運命感じるよな!」

凛「…………」

凛「小水さん、砲丸持ってきてくれない?」

莢香「へい、親分!」

コウセイ「お巡りさーん!マジで助けてーっ!この人たちです〜〜〜!」







◎運動場

莢香「七種競技、全部終わってみれば凛さんがダントツのトップか……。凛さん、うちの部に欲しいなぁ〜」

凛「嫌よ。アタシは剣道一筋なんだから」

莢香「一筋じゃないじゃん。陸上やってんじゃん」

凛「う、うるさいわね!これは助っ人だからノーカンよ!!ともかく、どんなことがあっても、アタシが陸上部に入ることなんてないんだからね!」

莢香(うわー……リアルにこういう口調で喋る人いるんだ……。)

副部長「ほら二人とも、次は400mリレーだから、準備するわよ」

莢香「あ、はーい」

凛「あら、小水さんも出るのね」

莢香「まぁね〜」

副部長「そういえば、凛さんにはまだ走る順番を言ってませんでしたね。では、改めてここで走る順番を発表しておきます」

副部長「第1走者は私、塩原。第2走者は4年、雪ノ下。第3走者は部長の代理、凛さん」

凛(えっ……?)

副部長「そして第4走者、アンカーは1年、小水。これが今回のうちの布陣です」

凛「ちょ、ちょっと待って!アンカーが小水さんってどういうこと!?アタシがアンカーじゃないの!?」

副部長「アンカーは小水です。こればかりは変更するわけにはいきません。それに、もうこの順番で登録しちゃいましたから」

凛「…………!」

副部長「あ、そういえばね小水。さっき他校のメンバー表見せてもらったんだけど、東清のアンカー、宮浦さんなんだって」

莢香「ホントですか!」

副部長「リレーだから直接対決とはいかないけど、前の3人が上手く東清に喰らい付いていければ、擬似的ではあるけど、宮浦さんと勝負できるかもしれないわね」

莢香「はい!お願いします!」

凛「宮浦……?」

副部長「東清女子大2年の宮浦颯……昨日、あなたにもお話した全国区のランナーの一人です。小水の高校時代からの憧れの選手なんだよね?」

莢香「はい!ボクの目標です!」

凛(小水さんとその宮浦って人をぶつけるためだけに、わざわざ小水さんをアンカーに……?実力で勝ち取ったアンカーじゃなく、情けでもらったアンカー……?) 凛(いや、他校の走順はさっきまで分からなかったはずだから、狙って小水さんをぶつけることなんて……。)

凛(……違う。全国区レベルの人が出るとなると、その人がアンカーを務める可能性は十分に予測できる。じゃあ、やっぱり、意図的に小水さんをアンカーに……?) 凛(アタシではなく、小水さんを……。)

莢香「……ん?り、凛さん?気のせいかな……なんか、すっごい見つめてくるね、ボクのこと……」

凛「別に」

コウセイ「凛ちゃん、莢香ちゃん、聞いたぜ!次リレーなんだってな!頑張れよ〜!」

凛「ふんっ……」

コウセイ「あ、あれ〜……?なんか凛ちゃん、機嫌悪くない……?」

莢香「あはは……。なんか凛さん、アンカーやりたかったみたいでさ……」

コウセイ「ごめんね、莢香ちゃん。昔っから凛ちゃんって負けず嫌いのうえプライドも高くてさ……。それでちょっとワガママなところもあったりするし……」

コウセイ「やっぱり、アンカーって陸上の華みたいなもんじゃん?だからきっと、アンカーが自分じゃなかったことが悔しかっただけなんだよ。悪気はないはずなんだ」

莢香「分かってる、分かってる。気にしてないから大丈夫だよ」

莢香「それよりも、ボクはアンカーとして最高の走りを見せなきゃ。凛さんのためにも、ボク自身のためにも……!」







アナウンス「これより女子1600mリレー始めます。出場選手は位置についてください」

コウセイ(第1走者は副部長さんか……。どういう戦略なんだろう。きっと、単純に足の速い順とか、そういうことじゃないんだろうな。)

コウセイ(一人400mだから、ペース配分を考えるといきなり飛ばせないわけだし、きっと色々戦略があるはず……。)

スターター「用意……」

パァン!

副部長「…………っ!」

コウセイ「頑張れー、副部長さーん!」

コウセイ(よし!副部長さん、いいスタートを切ったぞ!)

副部長(なんとか、小水と宮浦さんを戦わせてあげたいけど、東清相手にそう都合よくはいくわけない……!なら、無理してでも前半はリードを死守する……!) 陸上部員(塩原、ちょっとペース上げ過ぎ……!100や200じゃないんだから……!)

副部長「つっ……!」

コウセイ(副部長さん、ちょっとペース落ちてきた……!?あとちょっとなのに……!)

コウセイ(あぁっ!一人に抜かれた!)

陸上部員「塩原ッ!」

副部長「雪ノ下……ッ!」

コウセイ(今のところ、うちはかろうじて2位……!まだ凛ちゃんと莢香ちゃんもいるし、十分に逆転できる……!)

陸上部員(2位につけているとはいえ、東清に抜かれたのは痛い……!東清との差、どこまで縮められるか……!)

凛(2位か……。まぁ、何人に抜かれたとしてもアタシのところで巻き返すだけよ。)

莢香(頑張って、雪ノ下先輩……!)

コウセイ(あぁ〜……また一人に抜かれた。これで3位か……!でも、まだまだ!)

コウセイ「頑張れー!名前も立ち位置も分かんない人〜!」

陸上部員(なんか今、変な応援が聞こえたような……。)

凛(来た……!アタシの番だ……!)

陸上部員「代理ッ!任せたッ!」

凛「言われるまでもないわ!」

コウセイ「いっけ〜〜!凛ちゃ〜〜〜ん!!」

凛(恥ずかしいから大声で呼ばないでよ、あのバカ……!)

莢香(やっぱり、凛さん速い……!他校のエース級相手にもう一人抜いちゃった……!)

莢香(でも、凛さんも少しペースが速いよ……!あれじゃ、後半バテちゃうって……!)

凛(あと一人……!あと一人抜けば、アタシがトップ……!1位で小水さんにバトンを渡せる……!)

凛(情けなんて存在しない、真剣な実力勝負の中で、アタシの力を思い知らせてやるんだから……!)

凛「ぁ……はぁッ……!」

凛(あれ……?なんか……脇腹、痛い……?)

凛「ぅ……げほっ……!げほっ……!」

凛(まだ、あんなに距離残ってるのに……!800m、3000m走った後だから、たったの400mだと思って、甘く見てたわ……!)

莢香(やっぱり、急激にペースが落ちてきてる……!)

莢香(昨日、今日とあれだけの種目をこなしてきたんだから、尚更ペース配分を考えなくちゃいけないのに……!)

莢香(いや、気付いていたのなら、ボクがしっかり忠告するべきだったんだ……!これは凛さんの責任じゃない。ボクの不注意だ……。)

凛(何やってるのよ、七重坂凛……!こんな……、こんな……ッ!)

凛(こんなところで……こんな大衆の前で、無様な姿なんて見せられるわけがないじゃない……!!)

凛(血反吐を吐こうが、胃液を吐こうが、そうして品位に欠けようとも、このアタシが負けを喫することだけは絶対にあってはいけないこと……!)

凛(敗北こそ、七重坂にとって最も恥ずべき醜態なんだから……!)

凛(ましてや、あれだけ大口を叩いておいて、あとたった一人が抜けずにどうするのよ……!)

凛(アタシの日頃の努力が、地区予選レベルの相手に跳ね返されてるようじゃ話にならないわ……!)

凛(たとえ土俵は違っても、アタシはいずれ、七重坂のトップに立つ人間なんだから!!)

凛「うぁぁああああああああッッ!!」

コウセイ「行け行け〜!凛ちゃ……」

凛「っるさい!!」

コウセイ「…………」

コウセイ「…………」

凛(もうちょっと……!あと少しで……抜ける……!)

莢香(東清の選手相手に喰らい付いてる……!でも、この感じだとギリギリ……。)

颯「…………」

莢香(颯さんも受ける態勢に入ったか……。)

颯「……ねぇ、莢香って言ったっけ?」

莢香「は、はいっ……!」

颯「あの子、いい選手だね」

莢香「えっ……、あ、そ、そうですね!」

颯「でも……負けないから」

莢香「……はいっ!」

東清陸上部員「宮浦ッ!」

颯「はいっ!」

颯「……先、行ってるから」

凛(くそっ……!あと一人、抜けなかった……!)

凛「はぁっ……!はぁっ……!小水さん……!」

莢香「凛さんっ!」

凛、莢香「…………!」

凛、莢香「……あっ……」

コウセイ(バトンが落ちた……!)

凛「ご、ごめんなさい……!」

莢香「大丈夫、大丈夫だよ!」

莢香「だから、あとは安心して見てて。ボクの走りを……!」

凛「…………!」

凛(小水さん……、速い……!あんなに速かったの……!?)

凛(……副部長さんは、全国区のランナーが二人いるって言ってた。一人は宮浦だけど、もう一人が誰かは教えてもらってない。だけど……。)

凛「…………」

凛(……あぁ、そういうことか。)

凛「……畜生ッ……」







◎屋上

コウセイ「りーんちゃん」

凛「その呼び方、キモい」

コウセイ「さっき莢香ちゃんに会ってさ、凛ちゃんにこないだはありがとうって伝えてくれって」

凛「それはもう、あの翌日に本人から言われたわ。何回お礼言うつもりよ……。何がありがとうなんだか……」

凛「結局、あのリレーは2位で終わったわけだし、団体戦の得点もあと一歩ってところで予選落ちだし、いいことなんて何もなかったじゃない」

凛「アタシがバトンの受け渡しでミスしなければ、きっとリレーも1位になって、総合でも予選突破できてたかもしれないのに……」

コウセイ「あれは……まぁ、莢香ちゃんが言ったことだけど、うまく受け取れなかった自分のミスでもあるって」

コウセイ「それに、仮にちゃんとバトンの受け渡しができていたとしても、順位に変動はなかったかも、とも言ってたかな」

凛「ふん、『大丈夫』とか『安心して』とか言ってたくせにバカみたい……」

凛(結局、宮浦にも負けて……。)

コウセイ「そんなに強がらなくていいだろ〜?凛ちゃん、あの後責任感じてボロ泣きしてたじゃないか」

♪打撃音

コウセイ「凛ちゃん、パンチの威力がいつもよりも1.5倍増しだね……」

凛「それにしても、まさかうちの陸上部が弱小で有名だったなんて知らなかったわ。道理でアタシと勝負した補欠部員が雑魚過ぎるわけよね」

凛「あんなのが寄り集まったところで、予選突破なんて夢のまた夢……。アタシの力を借りてもあの程度なんだから」

コウセイ「ホント、容赦ないね、凛ちゃんって……」

コウセイ「あぁ、そういえば……もし機会があったり、凛ちゃんの気が向いたりしたら、是非ともまた顔を出してほしいってさ」

凛「バカ言わないでよ。陸上部に限っては、もう二度と顔を出さないから」

コウセイ「なんで!?あまり陸上部が強くないから……?」

凛「そうじゃなくて……アタシ、小水さんのこと嫌いなのよ。関わりたくもないわ」

コウセイ「凛ちゃん、真顔でひどいこと言ってますけど!?なんで嫌いなんだよ〜!莢香ちゃん、いいコだろ〜!」

凛「はぁ!?アンタ、まさかあのコのことが好きなの!?」

コウセイ「いや、まぁ友達としてはすごく……大好きです」

♪打撃音

コウセイ「凛ちゃん、さっきよりもパンチの威力が2割ほど増してるよ……」

凛「……アタシはね、運動の分野で自分よりも優れてる人って気に入らないのよね。だから嫌いなの」

コウセイ「それって、ひがみつつも莢香ちゃんの実力を認めてるってことだよね?もぉ〜、素直じゃないな、凛ちゃんは〜」

♪打撃音

コウセイ「凛ちゃん、そろそろ骨が折れるんじゃないかと心配になってくる威力だよ……」

凛「ともかく、アタシは陸上部には顔を出さない。小水さんに限っては力があるんだから、自分たちで勝手にやってくれって感じよ」

凛「あの弱小陸上部を、小水さん一人の頑張りと情熱でどこまで立て直せるのか見ものじゃない。とは言っても、よその部のことなんて別に興味はないけどね」

凛「小水さんとは友達というわけでもないし」

コウセイ「友達の友達はみんな友達だろ〜」

凛「……下らない。アンタ、それ本気で言ってるんだとしたら、1回小学校からやり直した方がいいわよ?友達の友達はただの他人でしかないわ」

凛「というか、アタシにとってのアンタは、友達とはちょっと違うわけだし……。な、なんていうか、幼馴染みだから……」

コウセイ「ん?そうだな、オレと凛ちゃんは友達以上!それはつまり、親友ってことか!」

凛「……はぁ〜。いや、もうどうでもいいわ」

◎青空

凛(小水莢香……アナタを友達と呼ぶつもりはないけれど、スポーツマンとしては認めてあげる。)

凛(なんせ、向こうの土俵とはいえ、このアタシに勝ったんだから。特別に名前と顔くらいは覚えておいてあげるわ。)

凛(トップに立つため、足掻いてみなさいよね。アタシも、必死で足掻くからさ。)







・・・Fin


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